Nothing is difficult to those who have the will.

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

スタバ店員に敗北を喫した話。

肌寒い日が続くと温かい飲み物を摂取したくなるのは生きている証拠と言えるのだろう。

平常時なら冬場でも平気で飲み物をキンキンに冷やしがちな僕もこのところの寒さにはさすがに音を上げてしまった。頻繁に訪れる近所のスタバでホットコーヒーを頼むことがずいぶんと増えたように思う。そこを使う頻度が高いのは導線的にちょうどいい位置にあることが要因だろうけれど、店員さんの気さくな態度や居心地の良いインテリアを好ましく思ってることも理由だ。

ホットになると一際目立つように感じる特有のフレーバー系の味にもすっかり馴れてしまったようだ。

寒空の中しばらく歩くとオープンテラスが印象的なスタバに到着した。春や秋口には魅力的なその空間もこの気温が続くうちは誰も使うことはないだろう。すっかり寒々しい印象を与えるだけとなってしまったその場所を尻目に扉に手を掛ける。気圧の差で少し重くなった扉を開けると暖かな空気が流れてきて外との寒暖さに思わず溜息が漏れてしまう。

入り口に用意されたアルコール噴霧器で消毒を行い、ソーシャルディスタンスを保ちながら注文を待つ列に並ぶ。こうした最初は面倒だったルールも何度も繰り返すうちに当たり前に思えるようになった。むしろ体調管理にも都合がいいしパーソナルスペースにも敏感な自分としては事態が落ち着いたその後も継続してほしいとすら思っているくらいだ。

適度な距離感に心地よさを覚えつつ店内を眺めているとモバイルオーダーのサービス開始を知らせるフライヤーが目に入った。「ご来店前にネット注文していただくことでお待ちすることなく商品をお受け取りできます」という謳い文句が踊っている。今も何人かが並んでいるレジ横のバーカウンターで商品の受け取りを待つ列を見ると大いに活用するべきだとは思うけれど、僕自身はどうにも抵抗を覚えてしまい未だに利用したことはない。対面での会計をすることなく商品を受け取ることに違和感があるのか、それともどうせいつも準備に時間のかからないコーヒーしか頼まないのだから対した手間ではないと感じているのか。

どちらにせよ利用する機会はしばらくなさそうだ。店側の回転率を少しでも上げたいという思惑を裏切るようで申し訳ないけれど。

そうしてしばらく列に並んでいると、若い女性店員さんに「ご注文お伺いします」と呼ばれる。どこか硬い印象を抱く声とマスク越しにも明らかに余裕がなさそうに感じる態度は入ったばかりの新人さんだからだろう。店員さんの顔をまじまじと見ることなんてないのでなんとなくでしか判断できないのだが、少なくとも見覚えはない。

手順をしっかり確認しながら接客してくれているのは分かるが店員さんの緊張がこちらにまで伝播してくるようでなんとも居心地が悪い。それでもいつものように「コーヒーのショートをお願いします」とこちらが言うと、店員さんが硬い声色のまま「お持ち帰りですか?」と尋ねられたので、いつものように「いえ、こちらでいただきます」と応え、いつものようにアプリで会計を行った。

しかし改めて考えてもアプリ決済というのは便利だ。わざわざ財布を取りだし一枚一枚小銭を出していた頃にはもう戻れそうにない。これじゃ自分がどの程度支出したのか把握できないじゃないか、とカード決済ですら躊躇っていた時分を思えば劇的な変化だと言える。

そうは言ってもいまだ家計簿アプリの類を使ったりする気配すら見せないのだから我がことながら実にいい加減だとは思う。安易に利便性に走るのは良くない、などと訳知り顔で主張し抵抗していたあの頃の自分はどこへ行ったのだろう。

自身の適当ぶりを笑い技術の進歩に素直に感謝しながら会計処理を待っていると、レジに表示されている金額に違和感を覚えた。よく見るといつもより少し安くなっているのだ。これはどうしたことだ、と不思議に思っていると疑問はすぐに氷解した。持ち帰りーーテイクアウトの価格になっているのだ。

店内飲食の場合は消費税10%が適用されるがテイクアウトの場合は8%で処理される。その差額分なぜか低い金額が提示されていたのだ。

尋ねられた際に店内でいただくと伝えたつもりだったが僕の勘違いだったろうか。いやそんなことはない。僕はたしかにそう伝えたと自信を持って断言できる。

昨今の飛沫対策の一環か、どこへ行っても店のレジにはパーテーションが設置されている。薄い構造になっているとはいえマスク越しということも相まってどうしても聞き取りにくくなってしまうのだろう。パーテーション越しに会計をするようになってから僕は店員さんがなんと言ってるのかわからず何度か聞き返すことがあったし、逆に店員さんにこちらの言っていることが伝わらず何度か繰り返す羽目になっていた。

なのでいい加減この不毛なやり取りをするのに飽いた僕はレジでの受け答えではしっかり発音し、はいかいいえの応答を必要とする場合は分かりやすく手振りも追加するように常に心掛けるようにしている。今回のケースにしてみれば何を聞かれるのか、どう応えるのかなんて幾度となく繰り返してきた行為であり、だから今回のケースでも後々面倒が生じないよう自身の注文をしっかりと伝えたはずなのだ。

新人と思われる目の前の店員さんはまだ不慣れな作業故にレジ操作を間違ったのか、もしくはこちらの気を遣った見事な応対をまともに見ても聞いてもいなかったのか。おそらくは後者なのだろう。硬い笑顔を浮かべながら手渡してきたレシートにはテイクアウトを意味する消費税8%を加算した金額がはっきりと印字されていた。

一瞬、どうするべきか迷った。訂正をせずに黙っているべきか。しかしその場合僕はここに留まることなく極寒の外へと舞い戻る羽目になってしまう。コーヒーを飲みたいだけならばコンビニで事足りる。にもかかわらずスタバまでわざわざ足を運んだのは暖かい店内でのんびりする時間を確保するためでもあるのに、だ。

かといってこのまま当初の予定通り店内に居座ってしまうと店員からすれば、僕はテイクアウトを選択したにもかかわらず店内飲食するというなんとも浅ましい無法者と化してしまう。僕はこれからもこの店を利用するつもりでいるし、謂れのない誹りを受ける――可能性が生じる――のには正直抵抗がある。

しかしわざわざ訂正するのもそれはそれで面倒だ。後ろにはこの短いやり取りの間にもそこそこ列ができてしまっている。おそらく未だガッチガチな新人店員さんでは決済をやり直すにしてもどうしていいか分からず先輩店員さんに助けを求めることになるはずだ。現状他に視認できる店員さんは一人だけで既にラテ的なものの製作に躍起になっている。それを中断させこちらへの対応に時間を割くことになればその分他の客への対応に遅れが発生することは想像に難くない。

大した人数ではないはずなのにソーシャルディスタンスをしっかりと確保した長蛇の列はそれだけでこちらに牙を向けてきているような、そんな圧迫感を覚えてしまう。

元はと言えば目の前の店員さんのミスによるものなので僕にはまったくもってなんの非もないのだが、自らアクションを起こして上記の事態を招くことには躊躇する、僕はそういう気の弱い人間なのだ。ただそもそもここでミスを指摘しなかった場合、彼女は今起こしたミスを今後も繰り返してしまう可能性があるのではないか。

僕の「こちらでいただきます」という応答を聞き逃していただけの話なのだとは思うが、もし店内飲食であることを承知していながらテイクアウトの金額で決済を行っていたとしたら尚更まさに今指摘しなければならないことなのではなかろうか。忙しい時間帯に差し掛かったのなら余計にだ。目の前で起こったミスとその対処の仕方、レジに並ぶ客達の姿は想像するだけで相当のプレッシャーである。いずれもっとのっぴきならない事態が彼女を襲うこともあるだろう。その時にここでの経験が必ずや活きてくる。今困難に立ち向かうことは今後も続くであろう彼女のバリスタ人生にとってこれ以上ない一助になるはずだ。

そして僕にとっても心置きなく堂々と店内に居座ることが可能になるという点はこの上ないメリットだと言える。メリットというより当然甘受すべきものなのだが。

いつも柔らかいクッションの席を選んで小一時間はまったりするのが僕は好きだ。音楽を流しながらめっきり暗くなった外の風景を眺めつつ「あぁ、寒そうだなぁ」と先刻までそこにいたことなどすっかり忘れて優しく穏やかな照明の下で読書をするのもいいだろう。ついつい長居してしまうこともあるがそれは仕方ないことなのだ。この居心地の良さこそが大手コーヒーチェーンであるスターバックスの売りであり僕が愛用している理由なのだから。

さて、利害は一致した。紛うことなき一石二鳥というやつだ。あとは行動するだけだ。煎れてくれたばかりの温かなドリップコーヒーを手渡される。新人店員さんは相変わらず硬い笑顔を浮かべている。ここだ。ここしかない。言え。言うんだ。そしてあの甘美な時間を味わうんだ。

かくして僕はそのまますごすごと店を出た。いやその姿だけ見れば僕はさも当然のように身を切るような冬空に自ら進んで颯爽と身を投じたように見えたはずだ。だから「すごすご」などという情けなさを表す副詞を用いたのはあくまでも誰に見えるわけでもない僕の内面を言語化したにすぎない。

結果だけ見れば僕は単にコーヒーをテイクアウトした客でしかないからだ。けれど、本来ならば気を遣う必要のない鬱屈を自らの内側にのみ押し留めて誰に感謝されるわけでもない行動の責任をこうして取らされているその心の在り様は滑稽という表現がまさしく相応しい。したがって、僕は敗北したのだ。たとえ勝者は居らずとも。

寒い。本当に寒い。熱がどんどん奪われていくのを感じる。あいにくと手袋の類は持ってきていないので片方の手は先程受け取ったばかりのコーヒーを持ったまま容赦のない冷気に晒されることになってしまう。道すがら啜るコーヒーの温かさと寒さにかじかんだ手の感覚は今日のもどかしさを強調しているようで、それがなお一層寂しい気持ちを思わせた。

逃げるように足を早める。あんなに暖かく優しく感じたスタバの照明は、もう見えなくなっていた。

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