Nothing is difficult to those who have the will.

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

優しい呪いが、今も彼らを音楽へと駆り立てる。downy生配信ライブ「雨曝しの月」の感想を書いてみる。

カナリヤです。今回は11/1に開催されたインディー・ロックバンド「downy」による生配信ライブ「雨曝しの月」のライブレポです。配信日直後に僕の抱いてる感慨以上のものを感じさせる素晴らしいライブレポを目にしたことで、書いてもいないのにまるで自分のことのように満足してしまったのですが、その事と自分の言葉で感想を残さないこととは別の話だろうが!と思い直し、今更になって筆を執った次第。

 

それでは始めます。

 

酩酊フリーク

青木ロビン氏をリーダーとするインディー・ロックバンド「downy…柔軟剤じゃないよ。

2000年に結成後、数度の活動休止を挟みながらもアンダーグラウンドという舞台で厳かに自分たちの音楽・表現を追求してきた彼ら。今でこそ音楽と映像を同期させる手法は一般的になってきたけど20年も前からバンドメンバーにVJを加入させてその手法を模索してきたことは驚嘆に値する。主張の激しいリズム隊のぶつかり合いとギターの音とは思えないひどく焦燥感溢れる歪んだノイズ。そして坂口安吾中原中也を思わせるダダイズム的歌詞に、その歌詞性をあえてぼかすような曖昧なボーカル。それらが綿密な計算のもと構成され導かれる幾何学的楽曲の数々は、聴いた人間をして強烈に圧倒されるという単純な反応を呼び起こして止まない。

彼らの存在を知ったのは数年前になるが、配信ではあってもライブを観るのは今回が初めて。理由は主に彼らが関東周辺で活動していて東北の片田舎で暮らす僕としては赴くのがなかなか難しかったこと。そういう意味では非常事態故の緊急措置だったとはいえ今回のライブは個人的には良い機会に思えた。こういうことでもなければ彼らのライブを味わうことなんて当分先だっただろうから。

配信日当日、普段はあまり飲まないお酒を用意しツマミも充実。始まってもいないライブへの期待を肴に一足先に酔っ払った僕であったが、定刻通りに始まったモニター越しに観た彼らの演奏と映像美の織り成すその見事な化学反応は、無粋な酔いを瞬時に覚ましてしまうほどの、そしてアルコールに依らない陶酔というものをもたらしてくれた。

ライブだからこそのアレンジとそれに合わせて中央のスクリーンに映し出される映像はそれが既知の曲であろうと異なる情景を生み出す。生音でないからなんだというのだろう。この魅惑的で甘美な時間の流れるままに僕はひたすら酔いしれる。ただただ見つめる。自然と吐息を漏らす。こうなればもはや酒などいらないのだ。

 

優しい呪い

淡々と曲をこなしていった彼らの手が止まり、青木ロビン氏によるMCがあった。個人的にdownyはMCをしない硬派なイメージを勝手に持っていたのだけどそれはどうやら間違ってはいなかったようで、僕と同様に配信を観ながらTwitter上で呟いてるdownyファンからしてもそれは珍しい光景だったらしい。

青木ロビン氏がぎこちなく語ったのは、今回のコロナ禍の影響でこれが今年最初で最後のライブであること。開催に漕ぎ着けるまでには相当の苦労があったこと。そして結成時からの中核メンバーであり2018年に急逝した Gt.青木裕氏が残した3つの約束のことだった。

 

2018年のライブツアー途中で体調を崩した青木裕氏は治療のためツアーを離れる折に3つの事を頼んだという。

1つ、自分がいなくてもライブは中止しないということ。これは2年前の2018年3月19日渋谷WWW Xにて開催されたワンマンライブ「砂上、燃ユ。残像」を差す。ライブ当日午後、まさにライブが始まる直前に亡くなった彼の代役としてSUNNOVA氏をサンプラーとしてはじめて迎え入れ、この日のライブを事前に録音された青木裕のギターを同期は使わず再現したことでこの約束は果たされたという。「忘れられない日のはずなのに何も覚えていない」と青木ロビン氏は静かに語った。

2つ、映像作品を残して欲しいということ。今回の生配信ライブやこのライブの模様を後日映像作品として配信・配布するといった特殊な形態はコロナ禍による影響も多分に大きかったのだろうがそれ以上にこの約束があったからだという。

3つ、自分がいなくなってもバンドを続けて欲しいということ。SANNOVA氏を正式メンバーとして加えたうえで青木裕氏の遺した音源を元にアルバムを制作し今年の3月に第七作品集『無題』を完成させた。中核メンバーの急逝、コロナ禍という辛苦を経験してもなお歩みを止めないのは彼の"遺言"を守るためではなかったか。

 

青木ロビン氏のインタビューによれば、彼は「青木ロビン」というボーカリストをあまり好きではなく、さほど評価していないのだと言う。しかしそれでも他のボーカリストを迎えるわけでもなく自身の歌声を用いて曲を作り続けているのは自身の表現したい音像世界には「青木ロビン」が最も相応しいのだと感じていたのだろうし、そしてそこには長年活動を伴にした青木裕氏の歪んだギターもまた必要不可欠だったのだろう。新たなギタリストを加えることもせず、新生を謳うこともなく「downy」として変わらず活動を続けていくのはきっとそれが理由だ。青木ロビン氏はその事を「裕さんの優しい呪い」だと笑いながら語った。

その直後に演奏された「下弦の月」のアコースティックアレンジは静寂に満ちた会場を暖かな旋律と優しい歌声で包み込んだ。蒼く何よりも暗く荘厳な雰囲気漂うなか、会場のファンもモニター越しにじっと聴いたファンも誰もが等しく、そのしとやかな曲を青木裕氏への鎮魂歌に思えたはずだ。

下弦の月は暗闇を穿つ

行こうぜハニー

君を見てるさ 月が見てるさ

君がみたいのさ 月と見てるさ

 

砂上、燃ユ。残像

今回、配信だからこそ普段は知り得ない彼らの際立った技術を垣間見ることができたのはまさしく僥倖だった。特にドラム秋山氏の「曦ヲ見ヨ!」の圧倒的ドラミングは壮観という他ない。秋山氏の頭上にカメラが移動したかと思えば、え、これ打ち込みじゃなかったのか!?と声を上げずにはいられない、腕が四、五本あるんじゃないかと思うほどの目では追えないドラミングの凄まじさは今回だからこその気づきだったと言える。

そして何よりも端的に語られた彼らの想いは単純に胸を打った。僕は彼らに関してははっきり言って新参だ。downyのことを語れるほど大した知識を持ってはいない。青木裕氏が亡くなった影響を察することはできても、感傷に浸れるほどの確固足るものなんてないに等しい。

だからこそ知りたい。もっともっとdownyを聴きたい。青木裕氏が遺したものはなんだったのか。命を賭けて作り上げてきたものはなんだったのか。それを知るための努力を続けていきたいのだ。

砂上は燃え往く。ただ、音像だけを残して。

 

 

「雨曝しの月」セットリスト

1.コントラポスト

2.葵

3.good news

4.stand alone

5.視界不良

6.ゼラニウム

7.凍る花

8.春と修羅

9.砂上、燃ユ。残像

10.下弦の月

11.海の静寂

12.左の種

13.曦ヲ見ヨ!

14.弌

en ※会場限定

15.猿の手

16.安心

 

 

 

11/29の映像配信、今からワクワクが止まらない。