Nothing is difficult to those who have the will

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

遅ればせながら、ゆずソフト「サノバウィッチ」の感想を書いてみる。その3. 心と感情の差異 と 紬の容認できないあざとさ

ようがす!(挨拶)

カナリヤです。本日も前回に続いてゆずソフトサノバウィッチ」の感想です。前回、前々回は下記から参照していただければ。

mywaymylove00.hatenablog.com

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今回は「えろえろー」が印象的だけど作中ではそこまで致してない、紬ルートに関して。

本ルートでは感情を読めてしまうが故の主人公の思い違いと過信に焦点を当てていきたいと思います。既プレイ前提ですので未プレイの方はご注意ください。ちなみに僕は「ふえぇ」とか言っちゃう女の子があまり好きではありません。

それでは始めていきます。

 

主人公の過信、思い違い

作中では主に二人のアルプが登場しますが、その性質は目的意識の差もあってか大きく異なります。

寧々が契約している七緒は元は普通の猫であり、「人という興味深い種を観察したい」という理由から長い時間を生き、魔力を手に入れることでアルプとなりました。本質的には元の動物的思考を有していますが、長年に渡って人間のみならず人間が形成する社会を観察してきたことで蓄積したであろうその高い見識や、人化した際の成熟した外見も相まって頼りになるお姉さんキャラの雰囲気を存分に醸し出しています。・・・なんで攻略できないんですかねぇ。

対して紬と契約しているアカギは元は普通のカラスだったというのは七緒と変わりありませんが、彼女と比べると傍若無人な言動が目立ち、好き勝手に行動しては周囲を呆れさせることも少なくありません。人化したいという願いを抱くようになったのも何十年も前に別れてしまった人間の友人にもう一度会いたい、という良く言えば微笑ましい、悪く言えば幼くも思える理由からです。またアカギは小学生程度の見た目であったり契約者である紬に世話を受けている描写やアカギの「人間は自由な存在だ」といった発言から、主人公はアカギを物事を一面でしか捉えない浅はかな存在と認識します。そんな浅慮な言動を繰り返すアカギに対して思わず「人間はそんなに単純ではない」「お前は人間の気持ちが分からない」と諭す、というよりは糾弾するかのような発言をする主人公。

ですが主人公も「物事を一面的にしか捉えられない」という点ではアカギと同様であり、本ルートではそのことに焦点が当てられることになります。

 

終盤、主人公がアカギと紬の魔法の代償を肩代わりする契約をした際、その変則的な契約に対してのペナルティとしてぬいぐるみと同化してしまい、契約の間は魔女である紬と寧々、そしてアルプであるアカギと七緒以外には自身の存在が認識されなくなってしまいます。

主人公はこの想像以上のペナルティに愕然とし、最愛の恋人である紬のために代償を肩代わりしたはずなのに却って余計な心配をかけてしまうことに。そんな主人公にとって友人達の存在は救いとなりました。学園での友人達は主人公のいない日常にわずかな違和感を抱きつつも、変わらない日常を過ごしていたからです。一抹の寂しさはあるものの彼らの抱くそのわずかな違和感こそが彼らからの好意の現れであると嬉しく思うと同時に、これ以上自身にとって大切な人に迷惑をかけずに済んだことに安堵したのです。

そして家族。残された父親。友人達の様子を先に見たこともあって主人公は父親に関してはまったく心配していませんでした。主人公の父親はいわゆる仕事人間であり、残業や休日出勤も生き生きとこなしていく様子は幾度となく描写されています。父子家庭なため日々の家事は息子である主人公に任せがちになっていますが、時に描写される主人公に対しての冗談交じりのやり取りは家族としての確かな愛情に溢れています。主人公は「鬱陶しいくらいの楽天家」と呆れながらも父親が仕事に注力できるよう努め、そんな二人の関係性は見ていて非常に暖かいものでした。

そんな父であれば、むしろ自分がいなくなることで尚更大好きな仕事に邁進しているのではないか。自分の記憶がなくなっていても友人達のように多少違和感を覚えつつも精力的に日々を過ごしているのではないか。楽観的な思考を崩さない主人公は、かつての自身のように「死んだ魚のような目をした」ような父親の姿を目の当たりにしてひどく動揺することになります。

「オレも父さんみたいなら、心に穴が空いたりしなかったのかもな」

父親がどじょうすくいの話をするシーンがあります。曰く、父のあまりの芸達者ぶりに取引先の信頼を得て遂に大口の契約を勝ち取ったのだと誇らしげに語ります。どんなときも笑いながら乗りきってしまう父は自信に満ちあふれていました。

しかし真実は、別の部署が起こしたトラブルでクレーム処理に赴くもいくら謝っても相手にすらしてもらえず、酔った顧客にどじょうすくいを強要されるというあまりに苦々しいエピソード。それを息子である主人公にはさも武勇伝のように語っていたのです。

最愛の妻に先立たれ、幼い主人公を残しながらも残業残業でろくに家にも帰れない。当時のギリギリの状況でそれでも膝を屈さずにいられたのは、屈するわけにはいかなかったのは、守るべき存在がまだ残されていたからです。

母親から魔法を引き継いでしまった主人公は時に不登校になってしまうほど周囲に溶け込めず、家に友人を連れて来ることもありません。そんな息子に対して父である自分が笑顔を失うわけにはいきませんでした。あえて楽天的に振るまい、気遣い、仕事に追われながらも自身の弱さを見せることもなく主人公を支えてきたのです。

「なにも」

「・・・・・・なにも、ないんだ」

「おかしいんだ、前はもっと頑張れたのに・・・・・・なぜか、気力が湧いてこなくて」

「私には、なにか心の支えがあったはずなんだが、思い出せないんだ」

「あのとき、私はどうしてあんなに頑張れたんだろう?」

 

主人公は周囲の人間の感情が読めます。性格には読む、というよりは一方的に流れてくるその場の感情を五感で受け取ってしまうというもの。制御できないこの能力を主人公は鬱陶しく感じてはいるものの、主人公にとっては既に周囲へのコミュニケーションの指針となっていることは前回お話しました。

瞳子先輩ルートにて、七緒は主人公に対してひとつ忠告をしています。

「人の心と感情はね、必ずしも一致するものじゃない」

主人公が読む感情はその場その場に浮かんだだけのあくまで一時的なものに過ぎません。その人に対するネガティブな感情がそのままその人への嫌悪に直結するとは限らないように、心もまたその瞬間の感情と一致するほど人間の心はシンプルなものではないのだと。

主人公は相手の感情にダイレクトに触れてしまうが故に相手の反応に対して敏感で臆病になってしまっています。それは翻ってみれば能力で示される感情というものを絶対視してしまうことにも繋がってしまいます。

父が語ったどじょうすくいのエピソードはけして楽しいものではありません。悔しくて情けなくて、涙を流しながらも残された息子のために自分の感情を殺して仕事をこなし戦い抜いてきた日々を端的に示すもの。だからこそそうして得られたものは自分が家族を守るために必死に足掻き、もがいて、つかみ取った紛れも無い勲章と呼べるものであり、たとえ苦いエピソードが添えられていたとしてもこれ以上ない自身の誇りとなっていたのです。

その話をする父親にネガティブな感情など生まれるはずがありません。語る相手が息子というこれまで自身が守ってきたものの結実ならば、尚更そこに意味を見出だせるからです。そしてだからこそ主人公はそんな父の嬉しそうな感情に疑問を抱くことなく真っ直ぐに受け止めるのです。

加えて主人公は自分を価値がない存在だと認識しています。魔法に因るものだとしても周囲と上手く関係を築けず、心のバランスを壊してしまうくらい摩耗してしまった自分という存在を卑下しています。今思えば日々家事に勤しんでいたのも家族を支えるという意味合いは勿論あったでしょうが、こんな息子で申し訳ないという罪滅ぼしの思いが強かったのかもしれません。自分さえいなければ、と自虐的に思うことがあっても不思議ではありません。そんな自分を大切に思ってきた身近な存在。自分を否定することはその人のこれまでの献身的行為すらも否定することに繋がってしまう。

主人公は自分の軽率な行為を悔い、そして恥じるとともにいかにこれまでの自分が思い違いをしていたのかを悟り、心の底から後悔と家族への感謝の念とを抱くことになるのです。

 

瞳子先輩ルートが自身の大切な人の危機に全力を尽くす主人公らしいかっこよさを描写しているのに対して、紬ルートでは逆に自身の行動が空回りした挙げ句、自分という存在がいかに周囲に大切にされてきたかということが示されます。

瞳子先輩ルートほど分かりやすいカタルシスというものはなく、正直に言ってしまえば主人公のかっこわるさが目立つ本ルート。しかし自身の思い違いや過信に気づくことで、いつか誰かを大切にできる人間になりたいという意思を持つに至る、この成長の過程は心に抵抗なくと染み込んできて、非常に満足度の高いお話だったと思います。

 

紬はあざとい

※ここから先は前回同様またしても愚痴のようなものになります。

紬はすごく良い子だとは思うんです。割り食ってる生き方も不憫ではあるもののコメディタッチな描写がなかなか微笑ましくて上手く緩和されてます。主人公の言うところの「裏表のない優しさ」というのが物語の至るところで描写されていて、主人公の過去のトラウマを払拭させるに足る母性的ヒロインとして十分な活躍をしてくれたと思います。

綾地寧々がオナニーキャラでキャラ立ちできたのと同様に、「男装しかできない」ことでキャラ立ちを目指したのがこの紬。ただ寧々の個性があまりにインパクトがありすぎるのとそれに加えて「ふええー」とかの「かわいい女の子」のデフォルトとでも言いたげなわざとらしい(エロゲでわざとらしいとはこれいかに)反応も相まって個人的には妙に媚びてる印象を覚えてしまうんです。あくまで個人的嗜好でしかないとは思うのですが、紬のユーザーに対しての「あざとさ」ってものすごいものがあると思うんですよね。

 

この「媚び」へのちょうどいい塩梅というのはなかなかどうして難しいと思います。個人の趣味嗜好にも因るでしょうし、苦手だなと思うようなものでも書き手の上手さに唸らせられ気付けば受け入れてしまうことだってあります。面白ければ、可愛いとさえ思ってしまえば、そうした薄っぺらい主義主張なんてあっという間に瓦解してしまうのでしょう。少なくとも僕は手の平返しが非常に多いのです。あ、お姉さんキャラはいつでも好きですけどね。

ではなぜ今回僕は紬というキャラに対してこの「あざとさ」を容認することができなかったのでしょうか。それはおそらくより強く、より誠実にこの「あざとさ」を武器に立ち回った存在を事前に肯定してしまったが故のものだったのではないでしょうか。言うなれば紬は綾地寧々に続いてまたしても割を食ってしまったのだと。

 

秋田さん、というキャラクターがいます。秋田、という名前よりは「ビッチさん」の方が通りがいいかもしれません。物語の最序盤に登場し主人公に委員会の仕事をおしつけていったあの秋田さんです。

見た目は・・・よく分かりません。なにせ立ち絵がありませんし作中でも外見に関して特に言及されないからです。ただ主人公が最初に会話をするキャラクターであり、いきなり主人公に自身がやるはずだった仕事を体よく押し付けてくるという所業。たった数行程度のセリフではありますが、物語開始早々ということも手伝ってかなかなかの存在感を放っていますよね。

モブクラスメイトである秋田さんは時にビッチと称されます。出番はそこまで多くはないものの、彼女が登場する際は合コンや取っ替え引っ替えしている彼氏についての話題などが大半を占めており、その愛称?とユーザーのイメージが乖離することはなかなかありません。上記の言動からあまり良い印象を抱かれないであろうこの秋田さんに対して、主人公は不思議とマイナスなイメージを抱いていません。それどころか自身に相手が好意を持ってくれるよう仕向ける、自身の可愛さをあざとく演出するその手腕を高く評価しています。共通ルートにおける、めぐるの「人気者になりたい」という願いを叶えるべくその技術を教わるシーンはそれが垣間見られますね。まぁ主人公に「狙って人気獲れる人」呼ばわりされた秋田さん本人はというと主人公の無遠慮な物言いにイライラしてますが。

主人公にとって秋田さんが嫌悪や軽蔑の対象でないのはなぜか。それは彼女の媚びがあまりにも真っ正直だからでしょう。合コンクイーンと揶揄されようが、より良い男を手に入れるためにあざとくも努力を重ねるその有り様。そこにはある意味余計な感情が一切ありません。主人公は他人の気持ちを読む際にその人が取り繕うような感情を抱くだけで苦味を覚えるほど、他者の悪感情に敏感です。主人公は彼女について「薬臭い嘘の匂い」を感じはするものの作ったキャラを維持し続け人間関係も崩さずにいられる、どころかこと男女関係に関しては周囲から頼りにされている描写すら見られる彼女の立ち回りのバランス感覚に、むしろ関心すらしています。そんな主人公を通じてユーザーは彼女にある種の突き抜けた爽快さを覚えるわけです。対して紬の天然ブリっ子さはどうでしょう。

本人の不用意さが招いたとはいえ望まぬ男装を強いられ、一見かわいそうに思えるものの、むしろ可愛らしさ全開の口調は可愛い女の子然とした外見と相まってやや狙いすぎのきらいがあるためいっそ男装するくらいが調度良く中和してくれることを計算しているのでは?と製作者の意図すらも勘繰りたくなってしまう紬のキャラクター性。

自身の理想の元に作り上げた、良い男をゲットするという至上命題を達成するべく全力で男に媚びを売っていき、そして自分本位な性質を理解しているかのように周囲からの反感を最小限に抑えるべく上手いこと立ち回ることができる秋田さんの「ビッチ」というキャラクター性。

この対極とも言える両者のキャラクター性。直接会話しているようなシーンは特に見当たりませんでしたが、秋田さん、紬のことだいっ嫌いなんじゃないでしょうか。紬の方はその天然性ゆえに秋田さんのことなどなんとも思ってないでしょうが、多分そういうところも含めてだいっ嫌いだと思います。

 

こうして再プレイを終えた今でも抱いてしまう紬に対してのこの微細な忌避感。キャラクター性が「媚び」に寄ってはいるもののそこまで逸脱していたということもなく、けれどそれよりも秋田さんというキャラクター性への一周回っての清々しさというトラップ。

「紬はあざとい」

このイメージは今後もなかなか払拭できないと思います。

 

終わりに

紬ルートの本来の見せ場ってやっぱり紬が願いを叶えて女の子っぽい服装をするときだったと思います。紬が着たがってた服が本編で出てくるのは当然としても、ついぞ見ることが叶わなかった女子制服、もしくはハロウィンパーティーで着るはずだった不思議の国のアリスのコスプレをアフターでは見せてくれるんだろうなぁと期待してたんですがね。割とこのあたり肩透かしではありましたねー。

さて次回は、めぐるがかわいいめぐるがかわいいめぐ(ryでお馴染みのみんな大好き因幡めぐるルートです。

それでは。

がってん!(挨拶)