Nothing is difficult to those who have the will

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

frozen music

少し前の話になる。昔好きだったバンドが再結成をした。といっても公式に解散をアナウンスしたわけではないので正確には活動再開なんだけど、当時のメンバーは全員がなんらかの音楽活動を続けていながら10年以上も音沙汰のない状況が続いていたものだから、その一報を聞いたときはそれはもう驚いた。驚いて、ひとしきり興奮して、なんかジーンときた。数年前にバンドのボーカルがパーソナリティを努めるラジオでバンドの活動再開に関する質問があった際、「ここで僕がそれについて勝手に発言するのはフェアじゃない」と、それに触れることがタブーであるかのように語っていたから余計に胸にくるものがあったんだと思う。

 

 

ライブツアーの情報が解禁され、指定のチケットの申し込み時間になるやいなや僕はすぐさま申し込んだ。3ヶ所という限定的なツアーながら会場はどこも並のバンドでは集客できそうもないキャパシティで、今更ながら彼らに対しての注目度の高さ、彼らの復活を待ち望んでいた人がどれだけいたのかを思い知った。

数ヶ月後の当選発表を待ち切れず彼らの曲を聴いてはリズムを取り、口ずさみ、気付けば僕は熱唱していた。キッチンで。トイレで。お風呂で。英語の発音がやたら綺麗で、当時ムキになって練習したのを思い出していた。

 

結論から言えば、僕は抽選を外れた。噂では2000人ほどのキャパシティに対して70万人以上(!)の申し込みがあったそうだから当然と言えば当然だ。ボーカルの青臭いMCを聴けないし、うんこベースがからかわれる様も観ることは叶わない。僕は彼らの復活に立ち会えない。

残念だ、とても。しかし本当に残念なはずなのにそんな貴重な機会を逃すことに対して、僕はそこまでショックを受けていないどころか、少しホッとしている自分がいることに気づいたのだった。

 

熱病に冒されながらも、ネガティブな感情に揺さぶられる。そうして時間が経つにつれて表面的には実にフラットに、冷静に鑑みたときに僕は現段階で本当にこのバンドが好きなのか、まるで自信が持てなくなっていた。

思えば、彼らに対しての僕の感情はその全てが必ずしもポジティブなものだとは言えなかったのだ。

 

楽曲に関しては英語が苦手な僕ですら当時は英歌詞であろうとそらんじられるくらいには好きではあったものの彼らのパンク然とした格好や佇まいにはそこまで惹かれるものはなかったし、真似をしたいとも思わなかった。

はじめて行った彼らのライブ。そのパフォーマンスは圧巻だった。特にCD音源か?と思うくらい全くといっていいほどぶれることのないボーカルの安定感は僕の薄っぺらい音楽歴のなかでもベストのひとりだと断言できる。しかし終始騒ぎ立て、大声で歌う観客とそれを煽り一緒に歌うことを推奨する彼らには霹靂することもあった。そしてライブの終盤にダイブしてきた客のひとりに思いっきり顔面を蹴られたときは本当に悲しくなった。

 

音楽的嗜好の変化という側面も多分にある。学生から社会人になりしばらく経って自身の音楽の趣味が変化してきたことを実感している。変化、というよりも自身の嗜好を正しく認識できつつある、という表現が正しいだろうか。かつての僕は誰かと共有することを前提で聴いていたものもあったり、聴くことよりも歌うことを重視して、そこに気持ち良さを見出だしていた部分があったように思う。今のように聴いて浸ってそこで生まれた感情を自身に落とし込むような、そういう時間をかけて理解を深めていくような聴き方が楽しいと本気で思えるようになったのはここ最近のことなんじゃないか。

だから当時の僕と今の僕とで感覚のすり合わせが上手くできなくなってしまっているからこそ、彼らへの揺らぎが生まれてしまったんだろう。好きだったという記憶がある。夢中になった記憶がある。でもそれを色褪せさせるに足る記憶も同時に存在してしまっている。でも当時の感覚を否定して今抱いている感覚をそのまま盲信するのはなにか違う。大事なものだという自覚はある。誰に言われたわけでもない。これは僕だけの、僕が培ってきた大切なものだ。でもそのことに拘泥して闇雲に何から何まで切り離していきたいわけじゃないんだ。

結局好きだったものを引っ張り出して「そういえば好きだったな」と懐かしむには、時間が足りなかったということなのだろう。徐々にシフトしていった感覚の差を強制的に自覚させられてしまうには、凍っていた当時の思いに対してあまりに唐突感が過ぎるというものだ。