Nothing is difficult to those who have the will

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

ゴールデンタイムは今なんだ。遅ればせながら、SAGA PLANETS作品「金色ラブリッチェ」の感想を書いてみる。

はじめに

こんばんは。カナリヤです。本日は2017年に発売されたSAGA PLANETS作品「金色ラブリッチェ」の感想です。キャッチーな会話の応酬と豊富な表情差分、タイミングよく挿入されるエフェクトに彩られた本作は僕の琴線に触れに触れまくり。ヒロイン全員が金髪というのは結構珍しいですよね。その一見派手めな印象が本作の取っ付き易さに繋がっていて、それがこういうエロゲやりたいというこれまで培ってきた僕の期待にガチっとハマった感じです。SAGA PLANETSという有名ブランドとさかき傘氏という実力あるライターさんの結実ですな。

テーマは「金色」。これは総じて「カッコつける」こと、実際に「カッコいい」ことではなく、「カッコよくあろうとする」その姿勢のことを指します。ルートによって多少異なりますが、自分が打ち込めるものを見つけることであったり、自身の大切なもののバランスを取ることだったり。お話し的にも割と王道展開が多めで、もう青春万歳です(語彙力)。

とりあえず各ルートのあらすじと感想をば。割と愚痴愚痴言ってるのもあるけど面白かったのは事実だから先に褒めておいたよ。

 

※本記事は「金色ラブリッチェ」のネタバレを含みますのでご了承くださいませ。

 

エル

エルさんがシルヴィへの忠義という大義名分を捨て、真に自分の望む道を模索するというお話。僕はこういう年上然としたキャラクターには喜んでさん付けしちゃう派です。中盤から主人公に呼び捨てにされたときは地味に悲しかったなぁ・・・。シルヴィの護衛でありながら実の姉という、エルさんだけではなくシルヴィを含めた彼女たちのバックボーンに焦点が当てられるため主人公の影は割と薄め。そもそも学園入学前に主人公の身辺調査をしていたことでエルさんは主人公の前の学校でのトラブル、ひいては彼のトラウマを既に知っています。共通ルート序盤でそのことについては触れないでほしいという会話が主人公とエルさんの間でなされており、それは個別ルートにおいても健在です。この件に関しては後述の玲奈ルートで解決が図られるため他ルートではそこまで深く掘り下げられず、必然的に主人公についてはないがしろにされてしまうのがこのルートの特徴と言えますね。

エルというキャラクターは物語開始当初からド真面目、融通の効かない、頑固一徹、こうと決めたらそれを貫き通す一本気な、悪く言えば不器用、だがそこがいいというまさしく騎士というか委員長キャラの要素を全面に押し出しています。自身に妥協を許さない彼女の高潔さを描写している半面、主人公自身のルートを通じての自堕落さはなかなかに目に余るものがあります。増した、というか変わらないだけなんですけど、同じ委員長要素のあるシルヴィの妹ミナのように主人公を更生しようと奮闘することもなくむしろ甲斐甲斐しく世話を焼きまくってる印象。まぁ超絶美人&(一見)頼りがいある大人の女性感満載のエルさんに主人公が溺れる気持ちは分からなくもないし、キャラクター像だけなら一番好きです。恋に盲目になっちゃう美人さん、可愛いじゃない。が、彼女がシルヴィに見せていたような厳しくも優しく見守っていた絶妙な慈愛さが恋人である主人公に対してはどこへやら。先述の通り主人公サイドにさほど見所がないためにエルさんの甘やかしっぷりがダメ男に対するそれに見えてしょうがない。個人的に彼らのやりとりなんかは好きだったし終始ニヤニヤしっぱなしだったんですけど、こいつらエロいことばっかしてんなーって印象しかないのって多分そういう理由だと思われ。

ちなみに作中ではエルさんが幼少から嗜み、国内では有数の強さを持つまでに至ったフェンシングをシルヴィのために諦め、シルヴィとともにいる選択を「依存」であると主人公に非難されますが、彼女たちの事情を鑑みれば特別おかしなものには思えないんですよね。例えばこれが選手としての伸び代に悩んだ挙げ句の選択、という側面があるのならそういう物言いも頷けます。というか彼女にとってフェンシングという存在が血を分けた実の妹を側で見守り続けることと同列だと判断する根拠がどうにも乏しいような。彼女がシルヴィに思いを馳せる描写はあってもフェンシングへの強い思いを語る描写は特に見当たらないんですよね。だから彼女の「シルヴィが一番大切だ」という主張が自分の気持ちに蓋をしている、という流れがあくまでシルヴィや主人公といった周囲がある意味勝手に慮っているように思えなくもないです。

と、ここまでボケーっと考えて、仮に選手としての伸び悩みを要因だとした場合、自らの問題に対してシルヴィを逃げ道にするような思考は常に自分を律し騎士足らんとする彼女のキャラクターにはそぐわなくね?と改めて思い直しました。掘り下げが足りないように思えたのも彼女のキャラクター性を優先したからでしょうか。

先述の通り主人公にフォーカスした描写が他ルートに宛がわれた弊害がモロに出たルート、とも言えますし何をおいてもエルさんとシルヴィの関係性に言及したかったルート、とも言えます。ただこういう主人公にあえて触れないルートがあるからこそとあるルートにおける彼の一世一代の「カッコつけ」がより映えるのだろうなぁとも。いやまぁそれにしても割食ってるルートだとは思いますが。

 

玲奈

上記で書いていた通り、玲奈ルートは主人公に焦点が当たるお話。主人公はなぜ前の学校を辞めることになったのかがここで明らかに。ルート選択画面では「シルヴィはあからさまメインだから取っておくとして、あとは好みの順番でエルさん→玲奈かなー」みたいなノリで進めましたけど、共通ルートで匂わせていたシルヴィとエルさんの関係を回収して、そして満を持して主人公の過去へっていう流れは結果的に正解だったんじゃないかなぁと。

こちらではエルルートとは反対に主人公が活躍する一方で、玲奈の影が薄くなるという結果に。ただこれは仕方がないといいますか、玲奈というキャラクター性が優れているがためにこういう扱いになってしまったと言えます。

彼女は作中で聖母と自称する場面があります。ただそれは自身が勝手に言ってるのではなく作中での行動から周囲からオカン扱いされ、本人も満更でもないのか、ネタ的に自称しているにすぎません。見た目ギャルギャルしていて言動も軽い感じですが初対面で大抵の人間と仲良くなれるTHE善人。でもそれは好意を押し付けるようなものではなく、例えば他人にベタベタされるのをあまり好まない理亜のような相手には一歩引いた関係でいるなど、あくまで相手が望むのならという慎重なスタンスを身上としています。不器用だったり周囲を振り回したりとわりかし好き勝手に暴れ回る登場人物が多いなかで常に周囲に気を配り、空気が上手く循環するよう気を使う彼女はまさにオカン。いやまぁ彼女も好き勝手やってますけども彼女の時に軽すぎる立ち回りは見ていて全然不快じゃない。シルヴィに不敬なことやらかしすぎてエルさんに何度も窘められていますが、そのやり取りもたまらなく好きです。エルさんの魅力を最大限に引き出している功労者の一人。エルさんは彼女に足を向けて寝られないね・・・。主人公も弱っていると何も言わないうちから側で慰められた後のひざ枕の流れで完堕ち。とりあえずKGを、風呂上がりならばHGを献上するから僕もオギャらせておくれ。耳掃除とかしておくれ。

ただ作中屈指のバランサーである玲奈はそれだけで既に完成しているといっていいです。完成してしまっている。

主人公と同じく庶民である彼女が貴族ご用達のノーブル学園に在籍しているのは主人公のようにお姫様チートに頼ってのものではありません。共通ルートでの「親の年収は300万」というセリフからも学費の免除か奨学金を受けているようで、特段描写は見られないものの学園からデザイナーとして将来を嘱望されていると考えていいでしょう。

個別では主人公とイチャイチャしつつもデザインに関して真面目に取り組んでいる描写もあり、ひたすらに日々を謳歌している印象の彼女は要するに「金色」を既に持ってしまっています。「こうなりたいという理想像が既にあり、そこに向かって努力できる環境下にあること」がひとつの定義と言えるなら、物語開始時点では持たざる者である主人公がそのことを羨むのもよくわかります。そもそもお話の構成的に彼女と同様にデザイナー志望というキャラクターがいなかったり、彼女だけが主人公と過去に関わりを持っていなかったりと、彼女の事情に意識を誘導する気がないんですよね。だからこそ彼女は周囲のバランサーの役割に徹することしか求められません。結局、主人公にしろヒロインにしろ個別ルートにおいてフォーカスされるのは解決すべき問題に対してであり、その問題を抱えていない人間は解決する側に回るかその人間のフォローに回るかしかないということでしょうか。

でも彼女のそのブレなさが主人公の心を救い、前を向かせたことは紛れも無い事実。

後述のルートで涙を流しながら思いを吐露する主人公に対しての台詞は玲奈ルートで見せた彼女の慈愛さとリンクしていて、彼女だからこそ言えたんだなと、彼女のために用意された場面だなと、彼女がそこにいてくれてよかったと、そうしみじみと思いながら主人公と同様に僕も救われたような感覚に陥ってしまいました。

 

ごめんなさい、正直あんまり記憶にありません。まぁctrlをひたすら押し続けてたからね。なんか後で調べてみたら茜ルートだけサブライターの方が担当したらしいです。反応があからさますぎるな僕。なんか違うな、と思ったときの見切りの早さはまさに熟練者のそれ。記憶は曖昧だけど暇を持て余した主人公がタイムに伸び悩む茜のコーチをする、みたいな内容だったような。たとえ主人公に運動部に属していた過去があったとしても門外漢にコーチを任せるって顧問はいったい何やってるんだろうね。うん、間違ってるかもしれないけど残念ながらちゃんと精査する気もないからこれくらいにしときます。

ルートとしては個人的にうーんでしたけど、キャラクターとしての茜はめっさ可愛いんだ。ミナと並んで主人公の妹分としてどのルートでも安定した活躍。ちょっとおしゃまで小狡い、でも作中最も純粋でなんだかんだ皆から愛されるミナと元気いっぱい、隙あらば運動させようとどこからともなく表れては愛嬌を振り撒きそして去っていく茜はまごうことなき本作のマスコット。実のところ妹どころか姪っ子みたいな感覚しか抱けない、セックスアピールゼロと見做した娘にHシーンあるとなんかへこんじゃうんですよね。

ちなみにもう1年くらいしたら、茜は背がガッツリ伸びてスタイル抜群の超絶美人さんに育ってるらしいです。立ち絵で見たかったぜ・・・っ!

僕のお気に入りボイス欄はミナの「下郎」と茜の「ファイヤー」と理亜の照れ声で埋まってるよ。

 

シルヴィ

ソルティレージュ王国王女であるシルヴィとの身分違いの恋。なにも持たない庶民の主人公はそれでも彼女と釣り合う存在になるためにがんばっちゃうというお話。

お姫様、という設定通り?に周囲を引っ掻き回している印象。でも国の代表として、かつその見目麗しさも手伝ってか公務活動に引っ張りだこ。なにかしら日本中を飛び回ってる描写が何度も挿入されるので、ちょっとしたわがままくらい聞いてやろうじゃないかって感じ。エルさんがなんだかんだシルヴィに甘いのも姉妹ということだけでなく日頃の努力を知っているからこそなわけで。王族として求められる振る舞いを完璧にこなしつつ、それでも全力で楽しんでやるぞ!というスタンスは見ているこちらも爽快な気持ちにさせられます。

そんな一国の王女であり著名なピアノ奏者でもある彼女に相応しい存在になるにはどうすればいいのか、彼女と一緒にいるためにはどうしたらいいのか。というのが焦点になってくるわけです。シルヴィとの出会いで通うことになったノーブル学園はエキスパートを育て上げることに特化した学校であり、そのエリートご用達の校風は貴族階級の人間がこぞって自身の子供を入学させたがるほど。それゆえ庶民のそれとは違う専門的な知識や教養を蓄えるには打ってつけの場所。主人公が見つけた答えはソルティレージュの外交官になるという道でした。なにも持たない主人公にあるのはお姫様の知己という立場のみ。シルヴィの横にいて違和感のない存在になるために主人公は自分の立場を最大限活用しようと決意します。

上記で述べた通り、エルルートではエルさんの「金色」について、またはシルヴィとの関係性の話に終始していました。そして玲奈ルートでは主人公の過去を清算するお話。茜ルートもまぁ彼女自身の「金色」でしょうかね。要は各ルートではヒロイン達の未来と主人公が過去を払拭できたことは描かれるものの、主人公の未来に関しての描写は常にぼかされています。

シルヴィは主人公を自分がまた見たことのない景色を見せてくれる存在ーー「金色」であると明言します。それは彼らが初めて出会った10年前の幼い頃の経験に端を発してはいるのですが、現在の彼は彼女の期待に応えられる存在とは言い難い。それをなによりも自分自身がそう思ってしまっています。だから努力することを誓います。彼女という「金色」に、相応しい「金色」になるために。

ちなみにこの「身分違いの恋」はエルさんにも当てはまるものではあるんですよね。王族と一貴族という違いはあれどともに高貴な家柄なのは変わらず、なわけですから。ただエルルートでは「我が国は貴族でも自由恋愛」と語られ、この件はサラっと流されてしまいますが、シルヴィルートでこの「身分違いの恋」というド定番を描かんがためだったわけですね。結果としてエルさんは犠牲になったという。といってもそこまでシリアスめいてるわけではありませんがね。

 

これまで明示されてこなかった主人公の未来の提示がこのシルヴィルートの見せ場であることは間違いないのですが、より重要な要素は理亜についての伏線があからさまに提示されていくことでしょう。

主人公とシルヴィらと同様に10年前に出会い、そしてノーブル学園で再会を果たした幼なじみーズの一人である理亜。彼女は主人公が転向してくる以前から停学処分を受けておりそれが明けてもなお不登校を続けており、主人公と会うのは夕方の屋上か、寮の自室という限られた機会しかありません。他の個別ルートでは出番が激減してしまいますが、それでも各ルートでは主人公と仲良く軽口を叩き合いつつも主人公とヒロインとの恋路を時に励まし時に見守る、そんな親友と呼んで差し支えない存在で在り続けました。ですがシルヴィルートでは他と比較しても二人の恋愛により積極的に協力していく様が描かれます。またシルヴィは主人公が忘れてしまっている理亜の事情を詳細に知っていることを窺い知れます。そしてそれを主人公に明かすのを理亜自身が拒んでいるということも。

なぜシルヴィはキャンプに来たのか。

なぜその場に理亜はいたのか。

なぜ主人公は理亜を男だと思ったのか。

なぜシルヴィは帰国直前に自分の長かった髪を切ったのか。

作中の序盤から微かな疑問としてきちんと提示されているものの、そこまで深く考えることのなかった要素が次々と浮き彫りになってくる、そういう得体の知れない何かがじわりじわりと迫ってくる。シルヴィと主人公が共に踊る。千恵華とその仲間達とシルヴィが共に演奏する。煌びやかな雰囲気を醸し出すラストシーンは、その後を描くことなく、まるでかき消えていくようにエンディングに終着していきます。

 

閑話休題。聞こえない耳ぶら下げて。回らない頭持ち上げて。

よく頭を空っぽにして楽しめる作品っていう表現があるじゃないですか。本作もそれに近しい側面を持っていたと思うんですよね。登場人物達のノリの良い掛け合いと演出は観ていて本当に飽きません。「金色」というテーマも扱いやすく立ち塞がる困難も全体的にあっさりと解決してしまう。そんなせせこましいことに尺を使うくらいならヒロインとイチャイチャしたるわってくらい甘々、というかエロエロ。主人公達の青春ってやつを重くならないように軽く軽く描写することに終始していました。

こういう表現が正しいのかは分かりませんけども、本作はどうも隙が多いんじゃないかと思います。バレバレの謎をいつまでも引っ張ってる印象があるんですよね。例えばシルヴィルートでは主人公はシルヴィの実の兄であるイロエに対して、シルヴィは主人公の妹である千恵華に対してそれぞれ嫉妬してしまい二人の仲がギクシャクしてしまうシーンがあるんです。この「実は兄でした」と「実は妹でした」のお互いでパターンが逆になってるの個人的にすごく好きなんですけど、これあからさますぎて謎にもなってないんですよ。

僕の攻略順がそうだったからというのもあるんですが、エルルートでイロエが兄という事実は既に提示されてます。玲奈ルートで登場する千恵華は主人公とどういう関係性なのかという明言はありません。が、主人公とやけに仲がいい、でも恋人は縞くん=なら主人公の親類では?が簡単に推察できますし。もちろん最初にシルヴィルートをプレイすれば上記のような提示はされないから新鮮な目線で楽しめるでしょう。でも明らかにメインと思われるシルヴィルートにおいて他ルートでの既知を中盤の山場に持ってくるというのは未知を楽しむことが前提にないってことなんじゃないかと思うんです。事実、僕はそのことを承知の上でひたすら読み進め、存分に楽しみました。知っていようが知っていまいがそんなものお構いなしのポップなノリ。この隙の存在は最強だったと思います。その既知が僕のニヤニヤを一層加速させていました。ここが大向こうなら声をかけてあげたいほどに。

だから僕は勘違いしてしまったんだと思います。

理亜という少女。学園の屋上でひとり佇み水平線に沈む夕日を眺める彼女は、気の合う異性の友人という意味では玲奈と似通う立ち位置ではあるものの妙な後腐れの無さというか、いつまでも希薄さが解消されない一歩引いた関係性を維持しています。だからでしょうか、他ヒロイン攻略中は理亜というキャラに目が移らないのは。もちろんメインではないルートのヒロインに注視することってそれほどありませんが、「理亜=マリア」という構図が彼女に隠された全てだとなぜか納得してしまっていたんじゃなかろうか。どこか腑に落ちてしまったんじゃなかろうか。

人は隠していた何かにそれらしい答えが提示されれば、それを見て満足してしまうのだという。その答えに真実が含まれているのなら尚更。「理亜=マリア」はそういう意味で主人公目線の一人称でお話が展開するエロゲという媒体において非常に有能な隠れ蓑だったように思います。なにせ鈍感すぎる主人公にはユーザーである僕等にはバレバレだろうと彼にとっては常にいつ明らかになってもおかしくない爆弾として物語上に存在しているからです。だから「理亜=マリア」にいつまでも気付かない主人公をからかったり、気付かない主人公が理亜の目の前でマリアをベタ褒めして理亜が悶えたり。最後までこの「理亜=マリア」が明かされないパターンも存在しました。ここでも既知。イロエや千恵華のように。出し惜しみしてこちらに気を待たせるつもりなのだ、なんて。そういう描写が観ていて本当に楽しかったんです。

だから理亜という少女のことも本作の雰囲気そのままに軽く考えてしまったのでしょう。シルヴィルートから間を置かずプレイした理亜ルートは、不安感を宿すもいまだお花畑のようだった僕の頭を横からおもいっきりぶん殴ってきたのでした。

 

理亜「GOLDEN TIME」

友達ポジのヒロインっていいですよね。普段サバサバしてて自分が恋愛対象だなんて考えてもいないから、いざそういうシーンになればまずテンパります。顔を赤らめ、呂律は回らず、失言や挙動不審を繰り返します。可愛い。そんなヒロインを見て主人公は友達の時の感覚よろしく更にヒロインをテンパらせようと行動し、ヒロインはますますそのパフォーマンスを向上させていきます。理想的スパイラル。可愛い。

理亜は見た目のヤンキー感も相まって序盤から誰ともつるむことなく周囲から孤高な存在として認知されています。10年前に共に遊んだ主人公とは互いの部屋を行き来したりとそれなりに仲の良い関係性を築いていくものの、それでもどこか壁が立ち塞がっているように時折そっけない対応が目に付きます。そんな気まぐれな猫のような理亜ですが本質的には好きな相手にはとことん甘えたがる犬のような性質であり、主人公と恋仲となって以降は周囲をブチ切れさせるほどのイチャイチャっぷりを披露してきます。

話変わりますけど、「こいびとどうしですることぜんぶ」ってエロゲあるじゃないですか。あの保住御大がライターの。エロゲ大全で究極の鬱ゲーって言われてるやつ。僕、あれあまりの糖分過多に耐え切れずプレイを断念した過去があるんですけど理亜ルートはいけました。なんとか倒せました。瞬間最大風速では勝るとも劣らない強敵だったんですけどね。周囲の応援がなかったら危ないところでした。ありがとう絢華。ブチ切れたお前の「よそでやれ!」で爆笑という名のクールダウンができたのはホント助かったよ。イチくんに代わって後でお尻を撫でてやろう。

この周囲を寄せつけなかった理亜が主人公に対してじゃれつき甘えまくるという描写はそれまでしたくてもできなかった重いが暴発した相乗効果もあってのことなんですが、その距離を保っていた理由とそのスタンスを崩すきっかけを思うと感慨深いものがあります。

 

理亜の金色

理亜は10年前のあの日からいつ死んでもおかしくない状況でいます。脳にできた腫瘍は今もなお肥大化が進み、彼女は五感のうち味覚と視覚がまともに機能していません。

特に視覚は幼い頃に色彩を認識できなかったことが原因で成長した今でも彼女の観る世界は常に白と黒、灰色でしか描かれません。いつ死んでしまうかわからない自分の境遇を黒に落ちていくことを決定された未来と考えています。

一国のお姫様であるシルヴィが日本を訪れたのは慰安のためでした。

理亜のように余命幾許もない子供達を見舞う目的で、彼女はあの場にいました。

理亜は脳の状態をいつでも診られるように髪は伸ばせません。短く切り揃えられた髪を見て幼い主人公は男だと思い込んでいました。

シルヴィはそんな彼女のために自分の髪を差し出し、理亜はそれをウィッグとして10年経った今でも使い続けています。

理亜が唯一認識できる色が金色。主人公とシルヴィと3人で見た金のラブリッチェマークと金に映える夕日の美しさ。黒色でしかなかった自分を普通の人間と同様に扱い、なんでもない日常を味合わせてくれた主人公と彼女の事情を正しく認識するも色眼鏡で見ることなく共に時間を過ごしてくれたシルヴィは理亜にとって何にも替えがたい存在です。あの時の情景、あの暖かな気持ちこそが理亜にとっての金色でした。学園から望む湖に消えていく夕日の光景はその美しさだけでなくかつての憧景を想起させるためだったのです。

「日が落ちていき、夜になる一歩手前。ほんのひと時現れる輝きの時間」

「なにもかもが暮れてしまう手前の一瞬」

「ほんの一瞬だけある、世界の全てが輝くとき」

自分の未来は変わりません。近い将来黒色に飲み込まれることは変わりません。そんな自分が未来を望むことなどありえない。

10年前に出会ったときから、ずっと恋い焦がれている主人公に思いを告げることなど許されない。ましてや主人公と共に生きることなど望んではならない。

主人公が理亜に対して恋慕の思いを告げると、彼女は考えもしなかった、いや夢に思い描いては境遇から否定を繰り返すほかなかった場面との邂逅に激しく動揺します。心を乱し、自暴自棄に陥ります。

「この10年間、ずっと夢見たことを言わないで」

「死ぬのが怖くなる」

シルヴィルートはこれまでの流れも相まって非常に納まりの良いお話でした。主人公に秘めた過去があることを示唆するもあえて触れずにヒロインの未来を描き、トラウマから未来を描けなかった主人公の過去を払拭し、そして主人公がかっこよくあろうと遂に自身の未来を紡いでいこうとします。理亜ルートはまるでそこに待ったをかけたように、主人公を現在へと踏み留めます。

理亜「見栄を張ることのなにが悪いんだよ」

理亜「見栄を張るってのは要するにかっこつけることだ」

理想の自分に、なりたい自分に少しでも近づきたいからこそ、かっこつける。それが他人にはどんなに無様に、滑稽に見えようと、無理をしてでも、理亜の理想の彼氏で在り続けてみせる。

シルヴィルートのように、いつかカッコいい自分になってみせる、ではもう遅い。理亜には時間がない。ノーブル学園で悠長に勉強したって彼女を救う方法なんて見つからない。あんなに頼りにしていたお姫様のチートでさえも役に立たない。今ここには自分しかいない。

理亜のために、なにも持たない自分は今こそ彼女のために見栄を張って、虚勢を張って、彼女にとってのカッコいい男にならなくちゃいけないんだ。

「お前がずっと好きだった男が、これからずっと、お前を好きになるんだぞ」

「今日だけは生きたい。今日生きなきゃ後悔する。そう思え」

「そう思えるだけの、最高の今日を用意する」

理亜は最終的に主人公の選択を受け入れます。主人公の一世一代の「カッコつけ」が自分に向いていることへの喜びが勝っていたのか、それとも「カッコつけること」に誰よりもこだわっていた彼女が主人公の「カッコつけ」を否定などできるはずもなかったのでしょうか。

そうして結ばれた主人公と理亜の穏やかな日常は緩やかに描写されていきます。立ち絵もなく、背景はモノクロで、登場人物達の音声がほのぼのと流れていく。僕の大好きな映画で「最高の人生の見つけ方」っていうのがあるんですよ。余命数か月を宣告された老人ふたりが人生でやり残したことを実現するために旅をするっていう。劇中で浮かべる彼らの笑顔がすごく良いんですよね。本当に心の底から笑ってるって、楽しくて仕方ないって感じの。立ち絵はなくても彼らがどんな顔を浮かべているのかは容易に想像がつくってものです。この目に見える絶望を乗り越えて主人公と理亜が仲睦まじく寄り添う有り様は当然のように刹那的で、彼らの永遠の短さに思いを馳せずにはいられません。

 

理亜が亡くなったと分かる場面はその延長線にあるかのようにあっさりと描写されました。青く晴れ渡る背景に一筋の白煙が昇る。唐突に出てくる葬儀、という言葉がすぐには呑み込めないような。「ああ、死んでしまったんだな」と、ハッとさせられる、というよりは徐々に理解が及ぶような。

「俺、ちゃんと出来てたか?」

「せめて理亜の前では、カッコつけられてたかな」

「輝いていられたかな。あいつ、失望しなかったかな」

「世界一カッコいいカレシでいられたかな」

ここで理亜を思って泣く、というシーンにワンクッション挿入してくれたことが個人的に好きです。泣くという行為は故人ではなく、自身のため。気持ちを整理するための行為だと僕は思ってしまうからです。彼女と過ごすという選択は近い将来必ず訪れる彼女との別れを覚悟するということです。だから重要なのは理亜が最初に定めた金色よりも素晴らしい金色を彼女に提供できたのか、です。

主人公は思わず吐露します。主人公は自信が持てません。何も持ってない自分ができることは見栄を張ることだけ。ハリボテのような在り方は周囲にはどう見えていたのでしょう。滑稽だろうと、無様だろうとかまわない。本当の本当に彼女の金色で在れたのなら。

玲奈「よく頑張ったね」

エル「立派でしたよ。最後まで」

陳腐です。誰でも思い浮かぶ言葉の羅列です。だからこそこんなにも真っすぐに染み渡る。各ルートにおける慈愛に満ちた彼女たちならではのセリフだったと思います。

 

シルヴィ アフター

この物語の終着点はどこにあるんだろう。淡々と流れる理亜ルート終盤の展開を眺めて、当時そう考えてしまったことを思い出します。死は装置です。いくらでも劇的に感動的に描こうと思えば描ける、そういう便利な道具。けれどこのお話ではそうした安易な選択をしませんでした。

「こっちは『生きて』るだけだ。それが終わるだけで、死ぬことから何か感じて欲しいとは思わねーわ」

劇中で理亜が言うように死が全てであるという描き方は何よりも理亜自身が望みません。

「自分が今まで生きてこられたのはシルヴィと歌う時間のためだった」

彼女が望むことはたったふたつ。

ひとつは幼い頃のシルヴィとの約束。著名なピアノ奏者となったシルヴィの伴奏で「マリア」として歌うこと。

もうひとつは大好きなふたりが結婚すること。そしてふたりの子供に「マリア」という名前をつけること。

葬儀の後、主人公とシルヴィは学校の屋上で沈んでいく夕日を背景に意味深な会話をして物語が終わります。

 

その余韻に引きずられたまま僕は自然にEXTRAのCG欄を確認し、まだシルヴィと理亜のCGが埋まっていないことに気が付きます。ここでシルヴィルートをもう一度プレイすると、シルヴィルートのアフターが追加されていました。ここでようやく彼女のエンディングが中途半端なもので終わっていたことを思い出しました。

内容としては順当にシルヴィルートのその後を描いていました。微睡む黒髪の少女「マリア」とそれを愛おしく眺めるシルヴィ。主人公が無事外交官になったこと。自分の見た夢の内容を嬉しそうにシルヴィに伝える少女。直前の理亜ルートを経てのその内容はシルヴィルートのその後とも、理亜ルートのその後とも、どちらとも取れるものではありますが、どちらでも構わないというのが僕の素直な感覚でした。理亜という少女が自分の望んだことをすべて叶えられたこと。その事実がとても素敵なことだと思えたからです。

 

とどめをハデにくれ

これで終わりかぁ、と物語を楽しめた満足感と、もっと浸っていたかったのにという不満足感。ふぅ、とため息をついて気持ちを落ち着かせてここで不思議に思います。シルヴィのCGはさっきのなんだろうけどまだ理亜のCGが埋まってないんじゃないか?

ここで再度確認しようとEXTRAを覗くと、そこにはウェディングドレスに身を包み、気恥ずかしそうに、でも幸せそうに主人公と寄り添う理亜の姿が。

央路「そうだ、髪、サンキュな」

シルヴィ「いいのよ。もともと結婚式には新しいのをあげるつもりでいたから。冠婚葬祭?っていうんでしょう」

シルヴィ「綺麗にした髪でお見送りできて、よかったわ」

葬儀の後の意味深な会話が思い起こされます。またしてもやられてしまいました。僕は何度繰り返すのでしょうか。これが生前のものなのか、起こり得たIFなのかはわかりません。でもそんなことはどうでもいい。彼女は全てを手に入れた。望んだ全てを叶えられたんだ。この終幕の余韻は確実に僕の心を捕らえて離さない。

夢はみた。ヤリ尽くした。打ち止めだ。おら、オサラバだ。

 

おわりに

「はつゆきさくら」以来となるSAGA PLANETS作品である本作。「ナツユメナギサ」や「キサラギGOLD★STAR」などもプレイ済である身としてはこのメーカーにとってグランドエンディングが十八番であることは十分承知していたはずなのですが、見事にしてやられました。前半における「軽さ」と後半における「重さ」や理亜という少女の扱い。そしてなによりもCGが埋まっていないことでEXTRAへ誘導するというプレイヤー心理を読み切っての演出。お話の外で物語の幕を閉じるこの手法はそれなりにエロゲをやっていて初めての経験(僕が無知なだけで既存の手法だったのかもですが)で、脱帽という他ありません。

 

この「金色ラブリッチェ」実は発売してすぐプレイ済ではあったんですけど、ある意味ガツンときすぎた、必要以上に打ちのめされた本作の感想を書くには相当の根気が必要だろうなぁとまだやってもいない未来の労力を想像してビビってしまい、書くのは落ち着いてからとスルーしてしまったんですけど、先日こちらのFDである「金色ラブリッチェGT」をプレイし、改めて本作の楽しさを思い起こされたことで感想記事を書くに至りました。

さて次回は本記事のきっかけとなった「金色ラブリッチェGT」の感想になるかと思われ。こういう予告は自らの首を絞めることに繋がることを知っての上でかっ。

なにはともあれ次回、お楽しみに!

伊達にあの世は見てねえぜ!