Nothing is difficult to those who have the will

エロゲとオルタナ。そんな感じ。ちょこちょこと書き綴っていこうと思います。

あれこれ言っても最大の要因は僕の知識不足。Baseson最新作「真・恋姫夢想-革命-蒼天の覇王」と以前プレイした「戦国恋姫〜乙女絢爛☆戦国絵巻〜」を比較してみる。

カナリヤです。Baseson最新作「真・恋姫夢想-革命-蒼天の覇王」のレビューです。Basesonはこれで2作目。「戦国恋姫〜乙女絢爛☆戦国絵巻〜」に続く「恋姫シリーズ」への挑戦でしたが、なかなかどうしてモヤっとする結果に。というか、前に書いたこの記事で

mywaymylove00.hatenablog.com

さらっと65点とか言ってて何なんですがあれって実はかなり面白かったのでは…?と戦国恋姫を再評価する動きが僕の中で沸々と。

今回は「戦国恋姫〜乙女絢爛☆戦国絵巻〜」「真・恋姫夢想-革命-蒼天の覇王」の両者を比較して僕が前者のどこに魅力を覚え、後者のどこにがっかりしたのかを書いていこうかと思います。

 

※以下は「戦国恋姫〜乙女絢爛☆戦国絵巻〜(以下、戦国恋姫)」「真・恋姫夢想-革命-蒼天の覇王(以下、蒼天)」の軽微なネタバレを含みます。また書かれた内容はあくまで筆者の個人的見解であることをご理解ください。

 

 

 

 

 

 

 

主人公の存在感

普通?の高校生であった主人公が突然別の時代に飛ばされてしまうという点はどちらも変わりありませんが、主人公の初っ端の立ち位置が大きく異なります。

 

 

「戦国恋姫」の場合

幼い頃から蒼天の主人公・本郷刀人並びに52人の奥さん?からあらゆる技能の手ほどきを受けており、本人曰く

「剣術、槍術、棒術、体術とかの戦闘術から、政略軍略から料理、裁縫、服飾デザインに家事、サバイバル術、操船術。薬学もそれなり。工作だって得意だし」 

※本編原文ママ

ということから武将達の中でも見劣りしない戦闘能力を有していて前線に赴くこともしばしば。「なんて都合のいい設定だろう」とお膳立てされたような主役の玉座に最初こそ訝しんだのですが、彼が本作で最も力を発揮するのは隠密のような草的な役割に従事するとき。武闘派揃いの織田家中において彼らの土俵で目立つのではなく、現代知識をフルに活用していき勲功を立てていく様はユーザーにそほど違和感なく受け入れられるのではないかと思います。多種多様なキャラ達に埋没することなく、またあえて主人公のウリとして戦闘力ではない能力を中心に描写したことで個々人の能力の住み分けが明確になされていることからむしろ主人公の魅力を引き出す形となったこと、主人公が主人公してる感がきちんと味わうことができます。

もっとも中盤以降は人間離れしたチートキャラがこぞって登場し、更には軍師が増えたり忍者が増えたりとより専門性の高いキャラが複数登場することで、便利屋・何でも屋だった主人公のお株がどんどん奪われていきますが、その分アクの強くなっていく隊のまとめ役として主人公の器の大きさに対する描写に比重が置かれるようになり存在感は損なわれるどころかますます増していきます。

 

 

「恋姫夢想・蒼天」の場合

見慣れない土地、聴き慣れない言葉(言語ではなく)、現代の常識が通じない時代。そんな場所にある日突然飛ばされ右往左往しながらも懸命に自身の立ち位置を確立しようと奮闘する姿は素晴らしいし、実際にその成長を垣間見れるシーンはなかなか胸を打ちます。けれど本作において彼の存在感が他武将と比べて際立っているのかというと実のところそうでもありません。現代の知識による助言が物語の趨勢に影響を与えるシーンもなくはないです(例えば赤壁の戦いとか)が、もっぱら本編で時間が割かれているのは武将達の剣戟っぷりがほとんど。また今作は章毎にシミュレーション要素のある戦闘パートが挿入されますが、そこでもプレイヤーとして出張ってくるわけでもない彼の存在感は極めて薄く、その戦闘に参加していたことに後から気付くこともありました。現状に戸惑いつつも素直に努力を重ねていく好人物ではあると思いますが、言ってしまえばただのそれだけとも。普通の学生でしかなかった彼が群雄割拠の世界において傍観者以上の存在となるにはやや力不足だったのではないでしょうか。

そんな彼が(エロゲの)主人公をしているという感覚を持つには拠点フェイズにおける個別シナリオを読み進める必要がありますが、このシステムが少々厄介な問題を生んでいます。(後述)

 

 

 

 

幕間劇・拠点フェイズと本編、ユーザーとの乖離性

「戦国恋姫」では幕間劇、「蒼天」では拠点フェイズとそれぞれ名称は異なりますが、本編との間に挿入される登場キャラクターとの個別シナリオという意味では両者とも同様です。本編の息抜きとして割とゆるめに、かつコメディタッチに描かれてはいますが、本編との関連性の有無においては大きな隔たりがあります。

 

「戦国恋姫」の場合

幕間劇は直前の本編では描かれなかった補足・後日談的な意味合いが強く、本編と全く関係のない突飛なエピソードと言えるものは存在しません。またこれから本編に直接関わってくると思われるエピソード(例えば新たに登場人物が増えたり)は選択画面に「必須」と明記されたそれを読まなければ先の章に進めない構成になっていることから、本編と幕間劇との乖離性は極力生じない作りになっています。

例をあげるとヒロイン達との18禁シーン。中盤以降は、主人公が正式に鬼と戦うことを決意した女性全ての夫となることを許される「蕩し御免状」を幕府より賜ったことで恋姫シリーズの鉄板要素とも言えるハーレム要素がお話の根幹に本格的に組み込まれていくことになります。またヒロインとの18禁シーンは本編にはなく幕間劇においてはじめて披露されますが、織田信長(久遠)足利義輝(一葉)といった正室ヒロインは漏れなく必須のエピソードとなっているのに対し、帰蝶(結菜)竹中重治(詩乃)といった側室や愛妾クラスのヒロイン達は選択性となっています。すなわち正室以外の18禁シーンは読まずに本編を進めることが可能ということです。その場合後々のお話で未読の状態にもかかわらず主人公達が各キャラと関係を持っていることがさも当然のように語られることがしばしば見受けられますが、先述の「蕩し御免状」の存在がユーザーを容易に誘導できる材料となっています。つまり「まぁどうせ裏でヤリまくってるんだろうなぁ。据え膳、据え膳」とユーザーが考える余地が十分にあるということです。以上のことから選択性があるがゆえに未読ユーザーが認識していない行動に対する、本編中の違和感は極めて軽微なものになっています。

 

 

「恋姫夢想・蒼天」の場合

本編が基本的に戦闘パート(シミュレーション)・格闘シーンの描写に終始しているため、本編では描写不足になりがちな各登場人物達のエピソードがあくまで日常的な描写に留まっている点は対比的な意味で一定の評価はできます。しかし各個別シナリオは直前の本編との関連性がないに等しく、本編からの興味・関心が各エピソードまで持続されないためあくまでキャラの魅力のみで読み進めなければならないというリスクを孕んでいます。

また拠点フェイズは行動回数に制限がかかっていることから一度の拠点フェイズで表示されているキャラのシナリオを全て進めることはできません。そのため特定のキャラを優先して読み進めてしまうと、そのキャラのお話の中でなぜかまったく仲が進展していないキャラと主人公が男女の関係になっていることが示唆されるなど、ユーザーが知らないことも既に起こったこととして処理されてしまうことが往々にしてありえます。つまり各エピソードの時系列があってないようなもので、プレイ如何によってはお話の整合性がまったく取れなくなる可能性があるのです。

上の文面だけだとイメージがわかないかと思いますので、僕が実際にプレイ時に陥ったケースを挙げてみます。

曹仁(華侖)・曹純(柳琳)姉妹のシナリオにおいて、既に姉・華侖が主人公と関係を持ってることを知りつつも妹・柳琳は主人公と関係を持ってしまいます。柳琳は姉の恋人を寝とってしまったというその不実さに苦しみ、姉妹間がギクシャクしてしまうというお話です。しかし僕の場合、華侖・柳琳シナリオと同時に曹操(華琳)シナリオも進めていたのですが、姉妹間が気まずくなってしまったその直後に読んだ華琳エピソードにおいて夏侯惇(春蘭)、夏侯淵(秋蘭)、典韋(流琉)、荀彧(桂花)、 許緒(季衣)、張遼(霞)といった複数の女性たちと主人公が既に肉体関係を持っていることが明言されてしまうのです。

ここでややこしいのが、僕視点でいえば現時点で主人公がいわゆる男女の仲になっていると認識できているのは華侖・柳琳の二人だけなのです。春蘭、秋蘭、流琉、桂花、 季衣、霞らが当然のようにユーザーが知りもしない主人公との関係をアピールしてくるというこの恐怖。ここはこなれたエロゲーマーとして自らの不実に悩み苦しむ柳琳に対し「いやいや柳琳さん、寝取るも何も一刀は既に種馬って登場人物達に揶揄されてるくらいのヤリチンなのに今更何を?」と、現状をさらっと受け入れてハーレム万歳、と素直な感想のひとつでも抱ければよかったのですが、残念ながら僕はそれほど器用な方ではなかったようです。

人によってはシステムによる極めて些末な問題だと一蹴するかもしれませんが、少なくともハーレムモノとしてそれを形成していく様を取りこぼすことなく描写してほしいという要望はユーザーのワガママには当たらないんじゃないかと僕は思うのです。

 

 

 

 

明確な敵、そして緊張感の有無

人の感想などでよく目にします「頭を空っぽにして楽しめる」という表現。詩的でもなければ考察を促すわけでもない。でもなぜか分からないけどスラスラと読めてしまう、ユーザーをいつの間にかのめり込ませる。そういった技量を持つ作品がいわゆる良作と呼ばれるものなのかもしれませんが、作品内で「そう」と定められていることにユーザーが全く疑問を抱かない、そういう要素を自然と受け入れさせてくれるか、という点も関係してくるように思えます。

 

「戦国恋姫」の場合

本編序盤から「鬼」というこれ見よがしな「悪」が登場し、それ以降もお話の中で終始「天下泰平に仇なす敵」という存在として立ちふさがってきます。ハーレムゲーというジャンルにおいては主人公とヒロイン達は主人公を取り合うなどして多少衝突することはあっても、なんだかんだ基本的には味方同士の状態であることが望ましいと僕は考えます。戦国時代という殺伐とした世界を描くうえで、この「悪」の存在が本来は敵同士であるはずの武将達が共闘し得るに足る明確な大義名分としての役割を一手に担ってくれているのは、お話を都合良く回していく上で非常に利便性が高いと素直に感心しました。

主人公が最初に出会う敵は鬼で、しかもそれは無力な女性を食糧にしているシーンという衝撃的なものでした。それ以降も本編、幕間劇問わず様々な場面で人々が「鬼」という存在に日常的に苦しめられているんだという描写が幾度となく挿入されていきます。戦闘シーンにおける鬼との対峙はその禍々しい外見と前述の刷り込みも相まって自然と差し迫ったような緊張感をユーザーに感じさせ、特に主要キャラが鬼との戦闘で命を落として以降は「絶対に鬼を倒さなければならない」「平和を取り戻さなくてはならない」と鬼との戦いに焦燥感・悲愴感、そして使命感といった元々の内在していた要素がより表面化していくことでお話への没頭感を更に高める結果を生んでいます。

とにかく序盤から「死」という事象をきちんと描こうとしているのがとても印象的です。先述の通り主人公ははじめての鬼との遭遇では見知らぬ女性が襲われ食糧とされている現場を目撃し憤り、兵を率いる初陣となる墨俣一夜城攻防戦では、斎藤飛騨率いる軍勢を難なく追い払うも10名の部下が討ち死にしたと報告を受けた際にはその衝撃を隠し切れず動揺します。この時その報告を木下秀吉(ひよ子)蜂須賀正勝(転子)といった恋姫武将の中でも幾分普通の女の子として描かれているキャラクターにさも何の感慨もないように語らせることで、この時代が当たり前のように人の生き死にが転がっている、今までいた現代とは異なる常識で回っているんだという認識を主人公と同様にユーザーも思い知ることができます。本作がハーレムモノとして成立しつつも拭い切れない緊張感をもって構成されていることを明確にするためにもお話に付帯していくこの非日常感はお話を楽しむ上で非常に重要なものだと思います。

 

 

「恋姫夢想・蒼天」の場合

今作は魏ルート、すなわち曹操(華琳)がメインとなるお話でそれ以外の勢力とは一時協力はするものの、最終的には敵として戦うことになります。つまり序盤の黄巾党を除けば敵対するのは「ルートによっては攻略対象になり得たキャラクター」ということになります。三国志に准えている以上人間同士の戦いになるのは自明の理なわけですが、ここで問題なのは敵対しているはずの相手の生き死にの描写を必要最低限に留めざるを得なかったことではないでしょうか。

今作では多くの戦闘シーン・格闘シーンが描写されますが、戦争という命の奪い合いをしているにも関わらず登場人物たちは絶えずコミカルに、時に敵味方でコントのようなものを交えながら相手と刀を交えていきます。幾度となく争いを繰り広げていく今作においてなぜこんなにも緊張感がないのかと正直戸惑いました。ここでもし要所要所で敵、もしくは味方の誰かが倒される・命を落とすという描写がもっと頻繁にあればこのお話にもっと読み応えのある重厚な雰囲気を感じられるのではないか、と思ったのですが、ハーレムゲーというジャンルとの相性の悪さを実感したのはまさにこの時です。

そもそも別のルート、次作では攻略対象になっているであろうヒロインが死ぬ、殺されるなどというその衝撃的かつ陰性めいたイベントをいくつも投入することはハーレムゲー生来の良さを失いかねません。したがって終始ポップな雰囲気を垂れ流していく本作なのですが、脂っこいものを食べ続けると辟易してしまうように、陽気さも当てられ続けると同様な結果を生んでしまうようです。

三国志と言えば一つの戦争に何十万という尋常ではない数の兵士たちが投入され、その死者数はそれこそ膨大なものになっていた凄惨な歴史のはずです。自らの信じる理想を叶えるために敵味方区別なく屍の山を築いてきた彼女たちは今まで戦い続けてきた相手と仲良く手と手を取り合って、果てには大宴会を繰り広げます。ハッピーエンドは嫌いではありません。むしろ大好きなくらいです。でもなにか大事なものに蓋をして見たいものだけを見ているような、そんな居心地の悪さを感じてしまった僕は、もしかしたら純粋すぎるのでしょうか。

ちなみにひたすらコミカル描写を繰り返した今作は終盤になって争いの火種を燃え上がらせる(要はお話を盛り上げる)ためか、ようやっと敵陣営の主要キャラクターが一人命を落としてくれます(ひどい言い様)が、本編終了後の後日談で実は生きていたことが明らかになります。よかったよかった?

 

 

 

 

「お家流」と「戦闘パート」における各キャラクターの強さ・個性の表現

このキャラクターは他と比べてどれだけ強いのか?どんなことができるのか?そういった各々の特徴となりうる要素をユーザーに分かりやすく理解を促してくれることは「頭を空っぽにして楽しめる」作品には必要不可欠だと思います。

 

「戦国恋姫」の場合

お家流とは特定の武将だけが持つ固有の技・能力のことで、今作はこの存在が非常に大きいと思います。例えば膨大な気を武器に注ぎ込み巨大化させ相手に叩きつける五臓六腑」や縮地のように一瞬で敵の背後へ移動する「蒼燕瞬歩(そうえんしゅんぽ)」といった前衛寄りのものもあれば、遠距離にいる味方と念話ができる「句伝無量(くでんむりょう)」やあらゆるものを見通すことができる「金神千里(こんじんせんり)といった補助的なものなどなど。お家流はすべてのキャラクターが持っているわけではありませんがなかなかバリエーションが豊富で、膨大な数のキャラクターの特徴を際立たせることを可能にしています。

ちなみにお家流は(当然ですが)キャラクターに適当につけているわけではなく、元になった戦国武将達のイメージはもちろん、有名なエピソード(資料により多少脚色有り)を参考にしているものばかりです。

例えば本編で最も目にする機会が多いと思われる足利義輝(一葉)のお家流「三千世界」。足利家当主にのみ代々受け継がれてきたもので様々な時代・世界から武器を召喚し敵に一斉掃射し、広範囲への攻撃を可能とする非常に強力なお家流です。某サーヴァントの宝具そっくりなことからゲート・オブ・ムロマチ(公式)とも呼ばれていますが、これは足利義輝の実際の死に際に由来しています。ざっくり説明しますと、

傀儡政権擁立のために室町幕府将軍である義輝の存在を邪魔に思った松永久秀三好三人衆は義輝の居城である二条御所を攻め立てます。その際剣豪・塚原卜伝の直弟子である義輝は足利家所有の多くの名刀を畳に刺し、刀が刃こぼれするたびに刀を変えながら軍勢に一人奮戦するも、あえなく討ち死にします(「日本外史」より)。

こうした各々のキャラクターのエピソードに関連させたお家流を持たせることは元々戦国時代の知識を有している人には「おっ」と思わせられますし、さほど詳しくない人にでもキャラとお家流でイメージを想起させることが比較的容易で愛着が湧きやすくなっているのではないでしょうか。出番は多くはありませんが浅井長政(眞琴)のお家流なんてなかなかに意味深で結構気に入ってます。

またお家流を持っていないことが逆に個性に繋がっているケースも見受けられます。特に主人公率いる剣丞隊に多い気がしますね。軍師として指揮官を任されることの多い竹中重治(詩乃)や荷駄や兵站の管理を主として行う木下秀吉(ひよ)、器用貧乏でなんでもそつなくこなせる蜂須賀正勝(転子)など。

そしてその最たるものとして印象的なのは「家康に過ぎたるもの」こと本田忠勝(綾那)でしょうか。彼女は織田松平連合による六角家との共闘以降、やたら出番が多く優遇されていますが特段お家流を持ってはいません。しかしこと戦闘に関しては最強ともいえるスペックを有し、劇中では苦戦どころかかすり傷ひとつ負いません。その人物の分かりやすいステータスであったのと同時に、特に数値化できない強さの裏打ちとしての意味合いが強かったお家流。しかしここであえてお家流を持っていない「にもかかわらず」単純に一歩実力が抜きんでた存在を強調することで、ユーザーに対して個性を表現するうえでお家流が絶対の価値観ではないことを逆説的に印象付けるこの手法はなかなかに面白いです。言うなればキャプつばにおける若林くんみたいなものでしょうか。SGGK

 

 

「恋姫夢想・蒼天」の場合

戦闘シーンの多い本作においては恋姫武将達の一騎打ちの場面が大量に描かれます。立ち絵を動かしつつエフェクトを挿入し「やり合ってる感」とでも言えばいいんでしょうか、そうしたものを醸し出そうという努力は垣間見えますが、実際のところCGなどの詳細な描写がほとんどないためか剣をガチガチ打ち合っているだけにしか感じられず、思わず引き込まれるような分かりやすい迫力に欠けています。そして大抵の場合決着のつかないままどちらかが戦場を去って終了、という中途半端な結果が待っていて、せっかく戦況を見つめていても最後には悶々とした思いに駆られてしまうのが常。

恋姫武将たちの特徴付けもいまいち不明瞭です。作中最強キャラと思われる呂布(恋)に対して恋姫武将ら3人が束になっても全く歯が立たないという描写は何度かありますが、これはあくまで恋というキャラのチートっぷりを描いているだけに過ぎずそもそもその3人がどの程度の強さなのか。どういう差があるのかという基準がよくわからないため恋の強さすらブレブレに思えてしまいます。正直得物の差くらいしかないんじゃないか、とすら。

シミュレーション要素のある戦闘パートでは恋姫武将から5人(参加制限有り)選択して行い、実際の戦闘では選んだ5人の行動を予め決めておき時間経過とともに行動選択を繰り返していくシンプルなものです。それぞれ攻撃手段であったり計略の種類が異なることから各々特徴付けがなされているようにも思えますが、攻撃エフェクトがほぼ使いまわしなのがなんとももったいない。また計略は各々の専用コマンドも用意されていて実行毎に各武将達の専用ボイスが付くのは割と嬉しいですが、戦闘においてそこまで効果のほどを実感できないのが難点で、戦闘回数を重ねていくうちに流れ作業で選択していきがち。

 

 

 

 

そもそも楽しめなかった要因は何だったのか

以上、色々比較してはみましたが如何だったでしょうか。まぁシステム面の不備だとかその辺気になるところはあるものの、僕が「蒼天」を楽しめなかった最大の理由は間違いなく三国志関連の知識をまったく持ってなかったことに起因しています。

ともすれば僕が「戦国恋姫」を楽しめたのはそこそこ戦国時代の知識があったからとも言えます。なんでしょうね、言うなれば自然と脳内修正パッチをあててた感じですかね。ver.3.0みたいな。すごい快適でした。上で「蒼天」はCG枚数が足りないって話しましたけど、それは「戦国恋姫」でもおんなじなんです実は。でも後者で物足りなさをさほど感じなかったのは足りない部分を脳内で補足できる術があったかどうか、結局のところその一点に尽きます。

 

例えば「蒼天」で言えば中盤の漢中攻め。合肥の戦い」という三国志の世界ではなにやら超有名らしい戦いが起こります。劇中で主人公は「合肥」という地名が出てきたことに妙な不安を覚え、どの将を連れて行くかという流れも自分の知っている歴史通りに展開していくことに更に不安を強めていきます。
でもこれ僕全然知らないんです、これっぽちも。だから主人公がなにを不安がっているのか、これからお話がどう展開していくと考えているのかがまったく読めないからうまく思考を共有できず頭の上にクエスチョンマークが飛び交う始末。その後これから起こるであろう悲劇を回避するべく主人公は独自に行動を開始しますが、結局はその心配も杞憂に終わってしまいます。ここでもだいぶモヤモヤする羽目に。

これは「戦国恋姫」の中盤で発生するイベント「金ヶ崎の退き口」で京から鬼討伐のために越前へ遠征に赴いた主人公の心情にこちらが自然とリンクできたのとは大きく異なります。もっとも史実通りに展開するわけではありませんが、その際に主人公が抱いていた不安感・焦燥感をプレイヤーである僕が主人公がその感情を抱くことに納得できていたことはお話を楽しむ上で非常に重要なことでした。お市から届いた小豆袋とか松永弾正が道案内してくれたとか、もう色々浮かんでは消え浮かんでは消え、どのエピソードを採用するのかヤキモキしたくらいです。まぁ予想を裏切った展開にはなりましたが面白かったので良し。

 

こういった歴史を基にしたフィクションは知らないがゆえに楽しめることもあれば、周知の事実として流布されているものを如何に解釈するか、どの解釈を是とするかを楽しむことも可能としています。両者の主人公はいずれも舞台となっている世界の歴史をそれなりに知っており、だからこそ史実通りに進んでいく流れに期待をしたり不安を覚えたりと一喜一憂していく姿が絶えず描かれています。つまりそうした知識を有していることは前提で「恋姫シリーズ」が製作されてきたのであれば(女体化の時点でそんなの当たり前かもですけどね)、僕が最初にやるべきだったのはゲームを買うこと以前に、インストールを試みるよりも前に横山三国志あたりを読んで知識をある程度蓄えておくことだったのではないかという後悔の気付き。

 

まぁなのでそもそも「三国志」の知識がまったくないにも関わらず楽しめなかったことを愚痴愚痴と言うのどうなのとも思いましたが、じゃあここまで書いてきたことは何だったんだと、少し悔しい気持ちもないこともないので最後にBaseson側への不満を述べたいなぁと。それはBasesonがこの「蒼天」を新作として銘打っているにもかかわらず前作で試みていたはずの要素ですら実装していなかったことです。

 

「戦国恋姫」ではたびたびメッセージウィンドウの右横にミニ解説が出てきます。現代では聞き慣れない言葉・風習が出てくるたびにちょこっと、それでいて簡潔にまとめてくれているので戦国時代にさほど詳しくない人にもプレイする一助になっているのではないでしょうか。プレイ前後で確認しやすいようにということでしょうか、公式でこんなものまで用意してあります。

また同様に主人公の知行(領地・給料)のことに言及するシーンが何度かあり、それに関連して当時の人々の暮らしぶりや経済状況を解説してくれることで、その時代への理解を促してくれます。これらは少なくとも「蒼天」では見られなかったものです。

 

従来の「恋姫シリーズ」が三国志の知識を有していることを前提とした、ある意味一見さんお断りのようにも思える作品であったのに対して、「戦国恋姫」では上記のように戦国時代を知らないユーザーにも楽しめるように一定の配慮を見せているのは素直に好感が持てます。

したがってこちらで語っているように「蒼天」をリメイクではなくリブート。焼き増しなどではなくあくまでも新作と言い張るのであれば前作「戦国恋姫」にて上記のようにユーザーに寄り添った試みを実装せず従来のシステムのまま発売したのはBasesonの怠慢ではないかと考えざるを得ません。こうした要素があればまた違った感想を抱けたのかもと思うと非常に惜しい。

 

以上、余計なことまで語ったような気もしますが、気にしないことにします。

「真・恋姫夢想-革命-」の次作を買うかは僕が今後三国志知識を蓄えられるかどうか、その元気が出るかどうかにかかっています。あ、「戦国恋姫」の続編は(あるとすれば)やりたい。無性にやりたい。僕は詩乃に会いたいのだ。